モリとムラが創るサト1
投稿者 まーじなる | ラベル: 日本 | Posted On 月曜日, 11月 23, 2009 at 0:00
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農業国家である日本は、古くから五穀の収穫を祝う風習があった。 その年の収穫物は国家としてもそれからの一年を養う大切な蓄えとなることから、大事な行事として飛鳥時代の皇極天皇の御代に始められたと伝えられている。
一時中断されたが、元禄時代の東山天皇の在位中に復活した。1873年の太陽暦採用以前は旧暦の11月の2回目の卯の日に行われていた。
1873年から1947年までは大祭日となっていた。
戦後は、勤労感謝の日として国民の祝日となった。
新嘗祭自体は伊勢神宮及びそれに連なる神社の祭儀となり、伊勢神宮には天皇の勅使が遣わされて、大御饌(おおみけ:神が召し上がる食事)を供える形式となった。
from wikipedia: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%98%97%E7%A5%AD
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2007年の統計で、日本で農業に従事している人口はおよそ310万人、その内59%が65歳以上である。
現在日本の食料自給率は、およそ40%。この深刻な問題の背景には、農業従事者の高齢化という問題が大きく覆いかぶさっている。
人間の安定を司っているのは、お金ではない、食である。
日本は戦後、経済大国へまい進し、それはバブルという栄華を極めた。
この方向自体は決して間違ってはいなかったと私は考える。
日本人のすべてがその恩恵を授かる事が出来た。
が、しかし。栄枯必衰、栄えるものは必ず、衰える、宇宙の真理である。
そして今日、そこで築いた富をすべて使い切ってしまった跡に、この問題が残った。臭いものに蓋をして、懸念を後回しにしすぎた末に、大問題となってしまった。
そして今現在、日本国民の暮らしの安定が根底から揺さぶられている。
人間の暮らしの安定を支えるのは、食である。
食とは、人類の歴史が始まってからそして滅びるであろうその時まで、生きるための根幹である。
その食に従事する人の割合の高齢化により、数年後には巨大な空洞となって表れてしまう。
この問題の一番の懸念は、対策が遅れ、若者の就業率が上がらないと、技術伝達も次の世代へ行われず、よって農業技術にも巨大な穴があいてしまう恐れがある事だ。
「昔の知恵を今生きる私たちは、活かすべきだ。」これは上図の番組からの言葉です。
そこに現在ある諸問題の、すべての根本的な解決策があるように思う。
金から心へ、商業から農業へ、西洋から東洋へと時代は大きな極移動、ポールシフトへの必要に迫られてきた。
人間には、忘れてはならない自然との掟がある。
その掟を忘れて、無視し続けてきた代償が現在の世の中の不安定さをすべて物語っている。
今日から何回かに分けて、その人間が忘れてはならない自然との掟とは何か?を考えていきたいと思う。
日本は、またはそう呼ばれる以前からこの地は、
太陽神である、天照大神を主祭神とし、万物に神は宿る(八百万の神の思想)と考える神道というものが根付いてきた。
日本土着の信仰をルーツに持ち、様々な価値、解釈の違いを経て今に至るが、その根幹には変わらず自然と個の共棲意識がある。
生態系を生み出すその根源、太陽神、アマテラスが鎮まる土地が日の本つ地、伊勢神宮である。(上部写真は、天照大神の鎮座する内宮前)
森と村が里を創りだす…。日本に古くから根付く思想、または思想すらも生み出す波動、雰囲気。それを、まさに時空を超えて体現し続けているのが伊勢神宮である。
時間を超えて存在し続けてきた伊勢神宮には、現代の日本人がいや、世界人類が思い出さなければならないものがある。それは、時代は変わっても変わらないであり続けてきたもの。
伊勢神宮はまさにその生き証人だ。
日本人ひとりひとりがそれを思い出し、人に伝える事がいま一番求められている。
続く…
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